続・漫画家のアシスタントの労働問題について

昨日の記事の続きというか、補足です。

漫画家のアシスタントの労働環境問題について - ややこしい話をしよう

 

昨日は個別的な事項の解説でしたが、今日はもっとざっくりと「漫画家アシスタント業界は、ブラック業界なのか」ひいては、社会問題なのか、を考えたいです。

まず、ブラック企業、という呼称には、法律的な定義はありません。基本的には、労働基準法に違反した企業を、みんながふんわりイメージしてそう呼んでいる状況です。

さて、今回問題になった、三田氏の職場の労働環境は以下になります。

カクイシシュンスケ氏のブログより

「で、週4日勤務のうち、月曜から水曜は記事のとおり9時30分から18時30分できっちりしていましたが、木曜はほぼ毎週残業していましたよね。木曜は18時で一度20~30分ほどの夕食休憩をとり、その後22時、23時まで我々アシスタントは残業するのが常だったじゃないですか。24時過ぎたことだってありましたよ。25時までやったことだってありました。」

「平成17年に三田先生のもとで働き始めた時は、私の記憶が確かなら月給13万円からのスタートだったはずです。11年7カ月で10万円ほどアップし、最終的な私の月収は23万円でした。賞与も含めたらどうにか300万円超えるといったところでしょうか。」

これは恣意的なまとめかも知れませんが、最終状況をまとめると、

1 週4日勤務(週休三日制)

2 木曜のみ残業

3 勤務時間は、9時半から18時30分

4 月給約23万

この条件、どうですか? ブラックですかね?

俺は、絵が描けるならここで働きたい………という気持ちに、若干ならなくもないんですが、これをブラックと断じるのはなかなか難しい。

社会問題的盛り上がりに、この問題が欠けるのは、やはりこの三田氏の職場環境が、残業代未払以外はそれほどブラックではないように見えるからだと思います。

今回、ご自身で公開された、現在の佐藤氏のアシスタント環境は、

・週40時間勤務
・初任給20万円
・昇給年2回、賞与年4ヶ月分
・交通費3万円まで支給
社会保険完備
・残業あり(法定賃金)
・休日週休2日制、祝日、年末年始、夏季休暇5日、有給年10日

こういうもので、これもまあ、ブラックとは言い難いでしょう。

結局、今回公開されたのは、基本それほどブラックではない労働環境な訳です。(自分で公開してるんだから当然だけども)

あとはカクイシ氏が、

「条件は日給2万円(源泉差し引くと19558円)、交通費別途支給、10時~18時まで(休憩1時間)、残業一切なし」

という労働環境を提示してますが、日給2万のお手伝い、という感じなのでブラックも何も判断が難しいです。この条件でみっちり来てもらうなら、かなり変な事になりますしね。20日出勤したら月収40万になってしまうので、どう考えてもそんなにみっちり来るような話ではないと思われます。

 

こういう状況で、アシスタントの労働環境改善を! と言われても、残業代の未払だけ解決したらいいね、となってしまって、個別の問題という空気になってしまうかもしれません。

 

ただ、たとえば、佐藤氏が過去に体験したアシスタント環境や、ご自身が雇っていたアシスタント条件は、かなりブラックに近づきます。

 

これは、佐藤氏の言う、福本信行氏のところでアシスタントしていた時の環境です。

 

・週90時間〜140時間勤務
・初任給11万円
・昇給不定期(3ヶ月~20ヶ月目12万円、21ヶ月〜24ヶ月15万円、25ヶ月目から25万円)
・食事付き(休憩は食事時間のみ)
・交通費不支給、各種保険未加入
・残業代無し
・休日、月4~5日程度

 

「24時間いつ何があろうと福本さんの指示に従わなくてはならず、休日、どんなに深夜に呼び出されようとも自転車を漕いで仕事場に駆けつけ、仕事をしなくてはいけません。「帰っていい」と言われるまで何日でも泊まり込みで仕事をし続けなくてはならず、「寝ていい」と言われるまで何日徹夜しようが寝てはいけません。外出も禁止。最長で47日間泊まり込みで仕事したことがあります。その間、外出は一歩もできず、睡眠時間は1週間合計で10時間程度。時給換算すると多分200円くらい。」

「70時間連続勤務の後、「2時間だけ寝ていいよ」と言われて布団を敷いている時、背後から「オレも甘いなぁ〜、ここで寝かせちゃうんだもんなぁ〜…。はぁ〜…」というつぶやきが聞こえてきた瞬間は、殺意に近いものを感じました。」

 

福本信行やばすぎだろ!

70時間、眠る事を許さずに勤務させるとか、幾らブラック企業でもそこまでせんだろ!

まあ、こういう過去の慣習が、過去でないならば、かなりの爆弾がアシスタント業界に眠っていそうではあるのです。

 

また、非常に難しい話なのですが、アシスタントの業務というのは、かなり高度な専門性があると思います。その辺の道行く人を10人捕まえて、アシスタント業務ができるほど絵が描ける人は、1人もいない可能性さえある。

 そのように高度な専門職の給与額として、低くないか、と言えなくはない。

 ただまあ、結局、給与額の高い低いは、判断が難しく、曖昧にならざるをえない。

 

アニメーターの待遇は社会問題化していますが、

www.nhk.or.jp

月収10万とか言ってますからね。残業100時間で。

これは誰が見てもブラックで、しかもアニメーターは法人に雇用されている、株式会社の法人雇用でこれなのです。有名なスタジオでさえ、こうなってしまうというところに、業界としての病巣がある。

あと、雇用じゃなくて、外注であるとごまかしやすい業界でもあります。

昨日、雇用と外注の条件を言いましたが、アニメーターは極めて外注扱いしやすい労働環境です。だから実態は雇用なのに、誤魔化して外注として処理している可能性が高い。出来上がった動画の成果物に報酬を払っているだけなので、生活を保障する義務はないし、最低賃金を気にする必要もない、という抜け道を使っている可能性がある。

つまり、構造的な問題を抱えている可能性があるので、社会問題化する訳です。

毎日テレビやネットでアニメが放送されているのに、その根底がこうなっているから、これは社会的問題と言える。

 

一方、漫画家は個人事業者なので、「その人の方針」によるところが大きく、業界全体の問題かどうかはかなり見えにくい。

そもそも、「自分一人で描く」みたいなこだわりの漫画家なら、この問題自体が起きない。そのような個人差が大きすぎる気がする。

漫画家アシスタント自体、流動性の大きそうな職業で、一つの職場で低賃金で使い潰された! となりにくい、佐藤氏も結局、福本氏からは独立して今は漫画描いてる訳ですしね。

複数のアシスタントをかけもちする者もいると言いますし、どうにも固定的な労働問題なのかどうかが分からない。

 

つまり、問題提起はなされたけど、我々にはまだハッキリとその問題の全容は見えていない、という状況だと思います。

 

だからこの話は、アシスタントたちが一斉に声をあげる、とかない限りはこのまま消えそうです。そして、たくさんの声があがらないという事は、もしかしたらブラックではないんじゃ? とも思われかねない。

 

でも結局、真実は分からぬまま、ではでは。