漫画家のアシスタントの労働環境問題について

note.mu

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まあ、いま、漫画関係でこういう話題がある訳です。

しかし、論点が多岐にわたり、一つ一つの論点も難しく感じる。ちょっと手におえない論点もあるように思う。

まず最初の、全ての始まりの三田さんの記事が、

news.yahoo.co.jp

これなんですけど、読めばわかりますけど、なんというか、アシスタントの人が噛みついたところが趣旨ではない記事なんですよね。ちょっとづつ、それぞれの力点がずれていっている気がする。

アシスタントの人の主張は、残業はしていた、というものですけども、記事の書き方はこうです。

「現在、三田のアシスタントが働くのは9時30分から18時30分まで。休憩は自由にとることができるが、残業は禁止されている。」

「現在」って書いているので、ちょっと判断が難しいです。

アシスタントの人が勤めた期間は、「平成17年9月5日から平成29年4月27日まで」となっていますので、半年ぐらいたってるのかな?

「私が退職した後、さらに業務改善されて残業ゼロになったのでしょうか?だったら、そのように書いてほしいものです。まるで昔からなかったかのように読めてしまいます。」

と言う主張ですが、 単に、現在の話をしている可能性があります。現在、って書いてあるので、昔からなかったかのように読めるかはグレーだと思います。

基本全て、元の記事は現在の状況の話をしているので、アシスタントの人が、自分の体験と違う! と主張するのが、やや力点のズレを感じなくはないです。

 

 

ただし、残業代が払われた事がないから、それを請求する、という事には正当性があると思われます。

だから元記事への不満、という掴みの部分には、何か目に見えない、本人の怨嗟のようなものがあるせいなのか、ちょっとわかりにくいというか、ズレた感じがあるんですが、さしあたって残業代の請求は正当な権利と言えるでしょう。

次に、

「で、三田先生は言っていましたよね。A社には作品がヒットした時はそれに応じてインセンティブを渡す契約をしている、だから作品がヒットするとA社にとっても大きいんだと。それに、今のところアシスタントを雇うより外注先に支払う額の方が高い、とも。

我々は一度もヒットに応じたインセンティブなどもらったことはありません。」

これは、元記事のどこにもない話です。

つまり、アシスタント時代に三田氏から聞いた話なのですね。

アシスタント時代に、こういう発言を聞いた、その時、既に腹をたてていた、という話なのです、これは。

この後、怒涛の怒りの表明が来ます。

「『ドラゴン桜』の頃も年二回の賞与が特別多かったという記憶はありません。

なぜA社にはそうした報酬を渡せて、我々アシスタントにはなかったのですか?A社と我々アシスタントでは技術的には我々が上でした。だからこそ上の絵のように全てA社に任せるのではなく我々が受け持つ部分もあったのでしょう。なぜ技術的に上である我々アシスタントの報酬がA社より下なのですか?」

 

なるほど、とは思うけども、それは個人的に聞いた話を、今、ネットで不満としてぶちまける形になってしまっていて、やや飲み込みづらい人もいるのではないでしょうか。

半年前に辞めた会社の、社長の発言がむかついた話をしている訳です。

 となると問題点があり、

1 三田氏は本当にそんな発言をしたのか?

2 そもそも、この発言はどれくらい悪い事なのか?

 

1に関しては確かめようがありません。

2なのですが、技術の上下が報酬の全てではない筈です。 作業量という、量によって支払われる場合もありますし、究極言えば、誰に何を幾ら払うのかは、経営者が『経営判断』で決める事になるでしょう。

 アシスタントより、デザイン会社に多く支払おう、という『経営判断』を、外野である人間がどうこう言うのは難しいです。元記事を読むと分かるのですが、三田氏は最終的には絵は全部デザイン会社に任せたいと思ってるみたいなので、重要な取引先と考え、デザイン会社の報酬を大きくしたのだと考える事も出来ます。これは批判できるようなことではない可能性があり、それに、見えない事実がたくさんありそうでもあります。

だから、

「結局のところ、立場が強いのはマンガ家の方なんだからアシスタントがインセンティブをよこせと言ってくるはずがない、言ってきたとしてもどうとでも言いくるめられる、というのが理由ではないでしょうか。それ以外に正当な理由があるのならぜひとも教えていただきたいものです。払いたくないから払わなかった以外の理由があるのなら。ないでしょうけど。」

この批判はやや、ズレている気がします。

払いたくないものは払わないのは、経営者の判断としてはそんなにおかしくはない。

払いたくないから払わない、でも『正当な理由』となる可能性は高い。

そこで雇用者と意見の相違があるのは分かりますけども、「会社に利益があるなら、従業員の給与を増やせ」と言ったところで、そこで給与を上げる上げないはやはり経営者の自由ではあるでしょう。

まら、アシスタント時代に、三田氏にそういう主張をしても良かったのでは、という話にもなりかねない。そこで話が合わないなら退職、というか、実際に退職していますし、今この「経営判断」をやたら攻め立てても、白黒つくような話には思えないですし、三田氏には三田氏の考えがあるでしょう。退職者がその経営判断を批判するのは自由ではありますが、必ずしも賛同を得られる主張ではないと思います。

 

「そういう意味でも私は残業禁止だとかメディア上で発言することはいかがなものかと思います。

私たちはあなたのマンガのために働いてきました。残業もさんざんしました。その働きを最初からなかったかのように吹聴するのは一体どういうことなのでしょうか。」

元記事を読むと、結構印象が変わると思うんですが、残業禁止の話をしたかった記事では、恐らくはないでしょう。

ただ、「最初からなかったかのように吹聴する」ような記事かどうかは、やや疑問が残ります。現在の状況を説明している、という態の記事だからです。

もちろん、今も残業してるかもしれないので、ちょっと盛ってる可能性はある訳ですが、現状では何とも言えないです。

mitanorifusa.com

途中でこの記事にも触れるのですが、

「木曜が週の最終出社日で、この日だけは週刊誌1本分の原稿が仕上がるまで作業をする。だから多少帰りが遅くなるが、せいぜい終電までだ。」

この記事だと、明らかに残業があるのは認めているのですね。

しかし、最近の記事だと残業が無い事になっていたので、この変化をどうとらえるかという面はあります。

 

さて、まとめると、最初のアシスタント氏の批判は、

 

1 残業が無いかのように記事で主張している (やや苦しい主張)

 

元記事が、過去の残業を抹消する主張をしているとまでは言えない、というのが私の判断です。

 

2 残業代を請求することで、漫画会に物申す(問題なし)

  

残業代を請求するのは、労働者の権利でしょう。正義と言える。

 

3 アシスタントにもインセンティブがあるべき(かなり苦しい主張)

 

個別の経営判断について、批判を加える必要性を感じない。もちろん、それが余りにも酷い判断であれば別だが、デザイン会社の方に多く報酬を支払う、が社会通念上大きな問題があるとは認め得ない。

 

さて、一般的に残業代の請求時効は2年となっております。

辞めてまあまあ経っているので、1年と数か月が対象となるのではないでしょうか。

この個別事例については、この辺が落としどころではありますし、三田氏も、弁護士を通して請求したら払ってくれそうな気はいたします。

それよりも問題は、漫画家のアシスタントの権利と、労働環境というところに、話が広がっていくところとなるでしょう。

三田氏のところより、佐藤氏がアシスタントしていた、福本信行のアシスタント環境が突き抜けてやばすぎるので、漫画家のアシスタントを巡る状況は相当ブラックなのではないか、と想像できるところではあります。

佐藤氏が話す論点は結構難しいものが多く、ちょっと重いなあ、と感じるところではあります。

印税をスタッフに分配する必要はない、まあその通りです。全ての利益を従業員に分配する会社はない。

佐藤氏が色々言ってる事について、どの論点も深いので、さらっと流してみていきます。私の意見も間違ってるかもしれません。

 

1 雇用契約

一応、必須ではありません。でも、実質必須みたいなもんだしなあ。

法というか何というか、建付けとしては、労働契約は、その労働条件について労使間で合意がなされた時に成立する。口頭でも成立可。

ただし、契約自体は法的に成立したとしても、労働基準法では、労働条件を書面で明示しないと契約は成立したものの、労働基準法違反となります。必ずしも雇用契約書でなくても良く、労働条件通知書などでも良い、事になります。

 実際には、就業規則の公布で対応する企業が大半ではないかと思われます。

 a 雇用したなら、絶対に明示しないといけない、労働条件等に関する項目がある。違反すると30万以下の罰金となる。

   b 社員が何人もいると、全員と契約するのは面倒だから、就業規則を作って公布する。

 というパターンになっているのではなかろうか。

 

2 雇用か外注か

 

 いきなり難しいところに来たなあ。

 税法における雇用と外注はまあまあ詳しいけど、労働基準法とかでは、また微妙にルールが違うかもしれない。でも多分同じルールだと思うんですが、基本は、「実態を見て総合勘案」です。

 幾つかチェック項目があるので、列記します。

 イ 業務遂行にあたって指揮監督下にあるかどうか

 ロ 勤務場所および勤務時間の拘束があるかどうか

 ハ 他の人員を手配していいかどうか

 ニ 報酬は労働に対する対価か?納品に対する対価か?

 ホ 材料や用具は本人が負担しているか。

 他にもあるけど、まあ、大体こういう事を見て判断します。これを全部満たしたら流石に給与だと言われます。つまり、指揮監督下にあって、勤務場所と時間を指定されて、他人に作業を代わらせる事が出来なくて、納品物ではなく、勤務時間に対して給与が支給されて、用具は会社が用意してくれるなら、これはもう完全に雇用と言っていいでしょう。

 アシスタント業務に関しては、幾つかを非該当にする事は難しくない。業務を作業者の自宅でやって貰えば、場所と時間の拘束はかなり曖昧になりますからね。

 今日中に、この背景を仕上げて下さい、とデータを送信して、完成物を受け取って報酬を支払う形式なら、かなり曖昧になりそうではあります。

 まあただ、実際の話を聞く限り、アシスタント業務はどう見ても給与ですよね。作業場で時間拘束されて、時間に対して報酬出てますからね。

 

 

3 「給与支払事務所等の開設届出書」

 まあ、これは、未提出の場合の罰則がないんだよなあ。何でかと言うと、開設届が出てようが出てまいが、給与には課税するからです。給与は源泉義務があるので、開設届があろうがなかろうが、源泉して納めなきゃ駄目。逆に言えばこれが出てないからどう、という事も特にないという……。何のために出すかと言えば、いちおう、所得税法230条で、提出する事になってるから……。出してくれると、税務署は把握しやすいよね。という感じかな。

 

 4 社会保険

   従業員が常時5人以上いる個人の事業所は強制適用事業所です。

 ということは、アシスタント氏ってずっと言ってたけど、もうアシスタントじゃないから、カクイシシュンスケ氏は、5人も雇ってない可能性があるので、厚生年金、協会健康保険は、入らなくても良い可能性がある。

 雇用保険は、一人でも雇用労働者がいると入らないといけない事にはなっているのですが、31日以上の雇用見込みがあり、週の労働時間が20時間以上となる労働者が対象なので、アシスタントとして、時々手伝ってもらう人がいる、くらいだと雇用保険に該当しない可能性があります。

 

 

5 労働者は個人や会社の都合で正当な理由なく一方的に解雇することができない

 

 うーん、詳しくない。詳しくないが、これは恐らく、労働契約法16条の事を言っていると思われる。

 

第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

 「打ち切りなったから解散するわ」は正当な理由になりませんよ、

って佐藤氏は言うけど、打ち切りによって収入が途絶え、解雇せざるを得なくなった、は社会通念上相当かどうか、という話になる筈では?

 ただ、16条の言う、解雇は、懲戒的な意味を含んでいるので、確かに打ち切りになったから解散、とはニュアンスが違っている。でも実際問題、打ち切りで収入なくなっても雇用を続けなければならない、って考え方は変な気がするけどなあ。

 佐藤氏は、本当にそんなに労働契約に詳しいか疑念がある。

 

books.google.co.jp

 これ、見れるのかな? 平成6年5月25日 東京地裁決定 レックス事件 売上の半減による従業員解雇を認めた例です。こういう例がない訳ではないから、ちょっと佐藤氏の言い方には違和感がある。

 実際に、打ち切りで収入がなくなった、申し訳ないけど雇えない、って時に、不当解雇だ! 俺は雇われ続けるぞ! って騒ぐアシスタントがそんなに居るんですか? とも思う。その上、裁判してもまあ、上記みたいに解雇が認められる可能性もある訳で、それを脅すみたいに言う佐藤氏はちょっとどうなの、と思う。

 

出版社との間に「契約期間 =連載期間」を定めた連載執筆契約は結びましたか?原稿料や印税などの交渉を具体的に行いましたか?出版契約は結びましたか?著作物二次使用管理委託契約は結びましたか?電子出版権は?まさか口約束で済ませていませんよね?新人漫画家が出版社と交渉できるわけがないじゃないか?それで労働者を守れなければ、あなたは他の漫画家と何が違うんですか?」

 

この論点を全部拾うのは無理だ。もう法律でも何でもない。出版界の慣習の話だし、佐藤氏も、まくしたててしまってる。

 労働者を守るも何も、元々の話からズレてない?

 もっとシンプルに、『アシスタントにも残業代を払うべき』だけで良くない?

 ここだけはもう、間違いないところじゃん。印税分配しろだの、デザイン会社に高く払うなだの、もう訳わからん論点増やしまくるから、さすがに拾い切れないよ。

 

 あと、うすた氏が炎上してたけど、『アシスタントに残業代払うべき』は超絶正しいからね。そこに触れずに、漫画家は実力社会だ、こいつは勘違いしてる、とだけ言ったらそりゃ炎上はする。

 実力社会だろうがなんだろうが、残業代払わないのは法律違反だからね。

 でもたぶん、うすた氏がずれてるって言ったのは、デザイン会社より俺達に金払え、みたいなところじゃないのかなあ、分からんけど。そこは確かになんかズレてるし。

 

 とりあえず、今日はこんなところで。