ややこしい話をしよう

ブログを開設して、ややこしい話をしようと思った。

 

馬主が億単位で馬券、趣味の範囲?最高裁が経費と認めず:朝日新聞デジタル

 

これを見て、そういえば、報道とかは、判決の結果しか言わないから、これがそもそもどういう流れを受けて、どうしてこうなったか分からないよな、と思ったのが始まりだった。税法の、法としての構成や、過去の判例、現在の通達などの流れから、この判決もあり、結果だけ聞いても見えない事もあるし、そういう「ややこしい」話は、ややこしいからこその面白さもある、と思った。

 

できれば、「ややこしい話」の、ややこしい面白さが伝わったらな、と思った。

 

そもそもは、所得税のルールが全ての始まりにある。

 

さらに所得税には、一時所得と雑所得と事業所得があり、それぞれ微妙に扱いが違う。

すでにこの時点でややこしいかも知れないけれど、

一時所得とは「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得」となっていて、国税局のHPでも

No.1490 一時所得|所得税|国税庁

そのものズバリ、「競馬や競輪の払戻金」は一時所得、と書いてある。これは、今現在の国税庁HPにそう書いてあるのであって、未だに原則的には、馬券は一時所得なのです。これは大前提なんだけど、意外と知らなかったりしませんか?

 

そして一時所得の計算は、「総収入金額-収入を得るために支出した金額-特別控除額(最高50万円)×1/2で計算します。この1/2がポイントで、半分にしてくれるのです。仮にとんでもない利益があって、最高税率の45パーセントになったとしても、半分にしてくれるので、実質22.5%! 配慮してくれてる! って訳です。1億円手に入れても、とりあえずは2250万!(単純計算) まあなんとかなるでしょ! という配慮な訳で、しかも、50万円の特別控除がつくということは、50万以上儲けないと、そもそも一時所得は課税されない訳です。

 

だからこそ、馬券で数万当たったとかは、申告しないで良いようになってる訳です。実際皆さま、一時所得の申告とかしたことない人が多いのではないでしょうか。

 

しかしである。

2015年に、外れ馬券を経費として認める、という判決が出た訳です。

ただこの時点で、地裁、高裁、最高裁、全て議論は紛糾していた訳です。

最高裁は、馬券の利益を雑所得であると認定もしています。

まずこの、所得認定の時点でひと波乱ある訳で、理論上を言えば、上記の一時所得の計算でも「収入を得るために支出した金額」を引けるとなっていますよね?

つまり、「はずれ馬券を引いた上で二分の一」しても、理論上はいいのでは? となりますが、最高裁もさすがに、それは認めませんでした。

また、事業所得であるともしなかったのですが、そういう主張がされていなかったからそうなっただけだったような、ちょっと手元に資料がない。

ちなみに雑所得とは

No.1500 雑所得|所得税|国税庁

「雑所得とは、他の9種類の所得のいずれにも当たらない所得」

となっていて、今回は公的年金関係ないので、

 総収入金額 - 必要経費 = その他の雑所得

という計算になるのですが、実はこの「必要経費」の扱いが、雑所得と一時所得で、微妙に違うのです。

 一時所得の費用=その収入を生じた行為をするため、又は、その収入を生じた原因の発生に伴い、直接要した金額に限る。

 雑所得の費用=

  1. (1) 総収入金額に対応する売上原価その他その総収入金額を得るために直接要した費用の額
  2. (2) その年に生じた販売費、一般管理費その他業務上の費用の額

 

一緒やん!

って思ったかも知れませんが、雑所得には、費用が二種類存在して、雑所得の費用の2番では「直接要した費用」という要件が外れていますよね?

 この、法律文というか、そういうものの特殊さがここに現れてる気がしますが、これが判決とかの話になってくると大事になってくる気がします。「直接要した費用」というのは、まさに言葉通りの話で、50万の馬券を買ったら、1000万になって返ってきた、これはまさに「直接要した費用」です。

 しかし、50万の馬券を買う、3レース前に失った70万は、「直接要した費用ではない」と解釈するのが一般的です。

 ただ、2015年の裁判では、そこも直接要した費用では? という部分も若干争われている訳です。

 いったい、外れ馬券は、雑所得費用の(1)なのか(2)なのか、さしあたって、(2)と解釈、いやこれ、(1)に認定されたような、つまり、直接要する費用扱いだったような・・・・ここはうろ覚え。

 また、2015年判決に関しては、被告人は独自のプログラムで、薄く広く馬券を自動購入し、最終的に利益率で勝てるような、自動計算で馬券を買い続けたようです。

 なので、一時所得ではなく(営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外、というには、継続的すぎるから)雑所得となり、はずれ馬券分を費用と認めました。

 しかし、これには異論も多く、最高裁が認めたから、今後全部はずれ馬券を費用で認めるよ、とは当然なっていない訳です。(もしそうなってたら、国税庁HPは馬券が当たった場合一時所得である、という記載をしない)

 なんで原則は外れ馬券を認めないかというとですね、

 馬券を買って100万当たりました。

 という話に対して、何で3か月前に外れた20万の馬券が費用になりうるのか?

 って話です。

 だって全然関係ないやん、3か月前に外れた馬券は。

 こんな判決おかしいんでは?

 費用は利益に対応する、という原則に反している。

 とかまあ、そういう批判はある訳です。

 さしあたって最高裁は「本件事実関係にあたっては」という留保付きで、馬券の払い戻し金を雑所得とし、はずれ馬券を経費として認めました。

 それにあたって、国税庁は通達を改正したのですが、

 その通達は、最高裁の解釈をけっこう恣意的に取り入れたものになっています。

 改正文にはこうあります。

 ちょっと長いけど引用します。

「馬券を自動的に購入するソフトウエアを使用して独自の条件設定と計算式に基
づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的
中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の
利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することが
客観的に明らかである場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とす
る継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。」

 

 ちなみに、最高裁はこんな事言ってません。

 

 これはかなり恣意的な解釈だと思いますが、こういう通達改正した理由はあって、概ね最高裁が言ってたのは「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」というような事なんですが、こんなん、現実的には無理やろ、となったので、上記の通達になったと思われます。

 要は、税務署の窓口に来て「俺、外れ馬券引きたいんや! 引けるやろ!」とか言ってるオッサンに対して、いちいち「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断する」なんて無理に決まってるだろ、という話です。

 総合判断って!!

 いくらなんでも曖昧過ぎるでしょ! どうやって判断するのか、全ての税務職員が裁判官並みの高度な判断を連発しなきゃいけなくなる・・・ので、分かりやすいところで、ソフトウェアがどうこう、という話にしてしまった訳です。

 しかし悲しいかな、当然といえば当然なんですが、2015年の判決以降、当たり馬券裁判が既に二つか三つは行われていて、恐らく買ったり負けたり群雄割拠の状況の筈です。どっちにしろ、状況から総合判断しろ、というのが最高裁の判断なので、税務署も納税者も、総合判断なんてどうなるかよく分からない訳ですから、裁判で争うしかない訳です。

 で、冒頭の判決に戻るんですが、こいつは負けたパターンという訳です。

 何が問題かと言うと、2015年の判決で、「利益発生の規模」という単語はちゃんと入ってたんですね。

 そもそもただでさえ、何ではずれ馬券を費用に入れるのか、利益と費用の対応の原則に背いている、という部分で、2015年の判決さえ、例外的過ぎるというのが、税法の普通の解釈だと思います。

 そこへ来て、赤字垂れ流しながら、自分の直感で馬券買い続けた人が、3年目にたまたま当たったから、さあ過去の赤字は引いてよ、と言っても、駄目ですよ、となった訳ですね。

 金額の多寡が問題ではない、という事です。

 2015年の人は、馬券をプログラムで自動購入し、返金率に着目して、複数買いして利益がでるようにした、というかなり特殊な人なので認められた訳ですが、そこはやはり、反復継続して利益を出し続けて、はずれ馬券も含めて一つの経済取引と認められる実態があったから、という解釈をすると国税庁通達に近づきますが、そういう面がある訳です。

 この辺の事を踏まえている人がいないので、ネットではズレたコメントが多く感じたところはある。

 けど、ズレないコメントするような奴がいたら怖いのも確かで、税法マニアでないと踏まえられないよな。

 もともと、税法や会計の原則を考えたら、費用と利益が対応していないと駄目な筈なんだけど、2015年は例外的な判決が出ました。そこは総合判断だから、利益が出ているかどうか、は総合判断の中で、大事な部分だったんだ、と今回の判決で示されたのかどうかは、判決文読まないと分かりません。

 結果だけ発表されてるから、どういう争いだったかは、こういうニュースだけじゃわからんのだよなー。でも判決文読みたいとまでは思ってないです。

 

 凄いややこしい話だけど、そのややこしい話の中から、社会の基盤となっている法の考えや、構成の面白さが伝わればなー、と思うものの、ややこしさが勝ってしまったかな、と思いつつ、それでは。