関係ないが、最近、優生保護法の話がちょっとあったが、
この法律、1996年まであった訳ですよ。
「本人の同意がなくても都道府県の「優生保護審査会」の決定で不妊手術を行うことが可能で、53年の国の通知は身体拘束や麻酔使用、だました上での手術も容認していた。96年、障害者差別や強制不妊手術に関する条文を削除し、母体保護法に改定された。」
20年前の優生保護法の運用がどうなってたかは分かりませんが、そんなに遠い過去の話ではない。
条文もすこぶるやばそうで怯む。
第一条 | この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。 |
やべえ………
優生上の見地から、不良な子孫の出生を防止する、って、パワーワード過ぎない?
国が法律で、不良かどうか、人間を決めて、生まれなくする、という言葉にはかなりの迫力がある。
第二条 | この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもつて定めるものをいう。 |
2 | この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。 |
二条もやけに具体的で怖いよ!
第四条 【 審査を要件とする優生手術の申請 】
医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹つていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない。
第五条【 優生手術の審査 】
第一項
都道府県優生保護審査会は、前条の規定による申請を受けたときは、優生手術を受くべき者にその旨を通知するとともに、同条に規定する要件を具えているかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び優生手術を受くべき者に通知する。
第二項
都道府県優生保護審査会は、優生手術を行うことが適当である旨の決定をしたときは、申請者及び関係者の意見をきいて、その手術を行うべき医師を指定し、申請者、優生手術を受くべき者及び当該医師に、これを通知する。
やばすぎる。
審査委員会が、手術をすべきものを決定して通知する、マジでSFじゃねーんだぞ。
記事によれば、事件は1971年というし、1996年まで、普通にこの状態だった可能性がある。
1996年って、俺は普通に元気に生きてたからね。
社会が見えないとこでこうなってたなんて、当然気づかなかった。
この条文も、結果としての事件も、余りにも怖すぎる。人権もへったくれもねえ。1996年って、そんな凄まじく過去でもないし、人類もっと頑張ってくれ。
何か不便を訴えた時に、「法律がこうなってるから」では思考停止な場合がある。法には悪法もある。
不思議と、法律がこうなってると言いつつ、憲法や少年法は改正すべき、と言ったりする人もいる。
本当に法に心から従っている人ではなく、単に面倒な話を避けたり、相手を黙らせるために法律を持ち出す者も少なくないだろう。
しかしながら、人間が目指すべき理想や、議論でたどり着くべき場所は、究極的には法律とは別の問題である。
「法がそうなっている」だと、何らかの不便を訴えた人に対しては、現状追認の押し付けにしかならない場合もあるだろう。
たとえ法がどうであれ、これが理想だから法が変わるべき、という発想はあってよい。というか、あるべき、なのかもしれない。
いつまでも優生保護法をのさばらせる訳にはいかないのだ。
誰かがそう訴えたから、優生保護法は改正された。
人間は、考える事をやめてはいけない。
何かを排斥したい自分の感情を支援するために法がある訳ではない。
法は誰かをネットでやりこめる事を予知していない。
我々はより、感情から遠くあるべきで、自分自身の危険性や攻撃性に慎重であるべきではないか。
犯罪白書によると、犯罪者の男女比率は8:2で、犯罪者には圧倒的に男性が多いようだ。
海外でも、基本的には男性の方が犯罪者が多いようだ。この辺はソースは曖昧である。
女性だけの街に平和を求めるのは、根拠なき幻想という訳でもないし、単純に安心したいだけで、あったらいいね、という話に過ぎないのに、なんでこんな議論になってしまうのか。
あげく、男性労働力の話をしたのが悪かったね、とかなんか上から目線の総括を見かけたが、そういう問題なのか。
この話から得られる知見は、自身の暴力性に自覚的であるべきではないか、という事ではなかろうか。meetoのセクハラを見る度、自分は、しかし、自分が絶大な権力者であったら、同じ過ちを犯す可能性があるのではないか、と脳裏によぎる。だからこそ、自分に限らず、感情が過大になってしまうのではなかろうか。
自身の内なる暴力性を認めるしかないのかもしれない。
それは、開き直るという事ではない。
自身の内なる暴力性がうしろめたいから、過剰に自身を正当化してしまうのではないか。
それはアパルトヘイトだ。それは差別だ。俺は正しい、俺は悪くない、俺こそが被害者だ………
自分は、被害者ぶりたくはない。
そのような人間を正しく導ける漫画があるとするなら……
いつかみのれば全2巻!
頼むから売れまくって、どっか別の雑誌に拾われてくれー!
では!