小学生6人はねた女の人が、無罪

www3.nhk.or.jp

うーむ、これで無罪は、さすがに感情的には納得しがたいでしょう。(追記 ちゃんと傷害罪では有罪になっていました!はやとちり!)

弁護士の方がご意見を出していました。

lineblog.me

弁護士の方の言う事は、理屈としては分かりますが、理屈過ぎないか、と思います。特に検察官への擁護は、自分はそうは思わない、という感じです。

以下、引用

「検察官のミスかというとそう断言するのも難しいのではないかと思います。なぜなら、検察官としては、「睡眠薬飲んで眠くなって事故起こした事例は危険運転致傷罪として重く処罰すべきであるし、今後睡眠薬を飲んで運転させないためにも危険運転致傷罪で起訴すべきだ」と判断した可能性があります。また、被害者の保護者の方の意向もあるでしょう。」

検察官は法律の専門家な訳で、無罪になりそうなら、やめておく方がいいのでは? 6人を車ではねた人間が無罪、という結果に対して、本当にそれでよかったのか、確実に有罪にできる起訴の方が良かったのでは、という側面があります。(追記 これもはやとちり! ちゃんと傷害罪で有罪になってました)

また、危険運転致傷罪で無罪というのは、別に今回だけではないようです。

matome.naver.jp

実は、前々から似たような、危険運転致死傷罪の問題点は指摘されているみたいです。

これなんか、人が死んでるけど、危険運転致死傷罪の適応は見送られてますね。

危険運転致死傷罪(刑法第208条の2)は、立法上の不備がある

それに、起訴のやり方として、上の記事から引用しますけど

「検察側(福岡地検)は、危険運転致死傷罪(刑法第208条の2第1項)と道路交通法違反(酒気帯び・ひき逃げ)の併合罪を適用して、懲役25年を求刑していました。しかしながら、福岡地裁は、業務上過失致死傷罪(刑法第211条第2項)及び道路交通法違反との併合罪を適用し、懲役7年6月を言い渡し、危険運転致死傷罪の適用を排除しました」

って書いてあるから、最初から併合罪で起訴してたら、危険運転の適用は見送られても、道路交通法違反は適用されて、無罪にはならなかったとかないのかな? (何度も書きますけど、ちゃんと傷害罪で有罪になってました)

 正直、法律の専門家じゃないからその辺が分からない・・・あとで弁護士さんのブログにコメントしてみようかな。

飲酒影響事故:危険運転致死適用2割…立証難しく - 毎日新聞

前々から、立証が難しい、という意見自体はあったみたいなんですよね。

togetter.com

結構これは掘り下げたら深そうですね。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/743/081743_hanrei.pdf

これ見れるのかな。裁判所が出してる判決の文例なんですけど、まあ、通常は読みにくいとは思いますけど、これは危険運転致傷罪が認められた例ですね。地裁が危険運転致傷を認めなったり、すったもんだの最高裁判決、という流れを理解すると結構熱いのと、大谷剛彦裁判官が補足意見をつけてるけど、この人、馬券の裁判に続いて、また補足意見だしてるな、という偶然も感じました。

この事件は、幼児が3名死亡しています。

素人として読んでいて目に留まったのが、

危険運転致死傷の訴因により起訴されたところ,第1審判決は 本件事故の原因は被告人の脇見であり,被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」で自車を走行させたとは認められない」

こういうところだよ!

素人から見て、そういうところにこだわるのが法なんだ! という発見ですよ。

この事故の原因は「わき見」か「アルコール」か、ってところが争点になるんだなあ、という繊細さですよね。別にお酒を飲んでいなくてもわき見をしたかも知れない。いや、アルコールの結果わきみをしたんだ、という殴り合い。皆さま思うところでしょう。

しらんがな、と。

でも、こういう些細な違いの重大性を見抜くのが、専門家なのです。おおざっぱな議論をする人は怪しんで良いのです。

些細な違いが大事。わさびも唐辛子も山椒も同じ辛さと思ってる料理人の作る料理はまずいに違いないですから。

だから、自分はこの繊細な議論に痺れてしまうのです!

恐らく高裁での判断が以下になるのですが、

「基本的には前方に視線を向けて運転していたが,アルコールの影響により,正常な状態であれば当然に認識できるはずの被害車両の存在を認識できない状態にあったと認められるとして,第1審判決を破棄し,危険運転致死傷罪の成立を認めた」

わき見が原因じゃない!アルコールだ!って話ですね。

もう大体お分かりと思いますが、危険運転致死傷罪単独で起訴すると、事故と睡眠導入剤との直接の因果関係を証明する羽目になってしまう訳です。「原因は、よそ見してました! 眠くなかったです!」って被告が主張するだけでぐらついてしまう事になりますよね。やっぱりひどくない? 併合罪で起訴できないの?

あと、たとえば事故の後に、7時間普通に起きていた、とかなったら、それだけでもう危険運転致傷罪の適用難しくなりますよね、睡眠導入剤だと。

もう殆ど趣味の引用ですが、どうやったら危険運転致傷罪になるかの前提が、これです。

「刑法208条の2第1項前段における「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」であったか否かを判断するに当たっては,事故の態様のほか,事故前の飲酒量及び酩酊状況,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果等を総合的に考慮すべきである」

出たー!! 総合的に考慮する! 総合勘案ですよ!

世の中で白黒つけるのは本当に難しいぜ。たとえ飲んでいても、ちょっとだけなら、危険運転致死傷罪には該当しない可能性は全然ある!

ちなみに、危険運転致死傷罪のもともとの条文はこれのはず、以下引用

 

危険運転致死傷)

第208条の2
  1. アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
  2. 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

 

今回の争点は1のパターンですね。同じ罪を構成するにも、2パターンある訳です。

特に1に書いてある、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」の定義が問題になっていて、究極いえば、アルコールや薬物まみれでも、困難な状態とは言えない! みたいな理論が通っている訳です。今回の無罪なんか特にそうですよね。

私が見つけてきた判例の奴を読むと分かるんですけど、凄い細かい戦いが起きてますからね。

「原判決が被告人において基本的に前方に視線を向けていたと認定するに当たって依拠した主要な証拠」

とか、視線を前に向けていたかどうかが重要になってきて、それの証拠を論じるんですよ! マジ細かい!

「ハンドルを操作せずに車両を走行させると自然に左に向かう構造となっており,直進するためには前方を見ながら進路を修正する必要があり,長時間の脇見をしながら直進走行することは不可能であるとの実験結果」

凄い細かい実験!

「しかしながら,この報告書における実験は」「本件事故時の被告人運転車両の走行状況と前提条件が同じであるとはいい難い」

実験結果への殴り返し!

 

なんか凄くないですか? このこう、何とも言えない、細かい部分での死闘が。

逆に言えばですね、よそ見が原因だったら、危険運転致傷罪にならない訳で、なんかちょっと変な事になってますからね。酒を飲んで、よそみで人をはねて、怖くなってそのまま車で家に帰ったら、危険運転致傷罪ではない事になるかも知れません。だって、酒を飲んだまま家まで車を運転できるから、正常な運転ができる状態だった事になりますよね。つまり、当初事故はアルコールが原因ではなく、よそ見が原因だったという証明になるかもしれません。これは法律としてどうなんかなあ、という印象です。

大谷裁判官の補足意見も、この法律のどこで争ってるか分かりやすくていい感じな気がしますし、読みやすい部分だけさっきのリンクを読むのはいいんじゃないかとおもいます。ちなみに、裁判官のうち、一人は危険運転致傷罪の適用に反対している、裁判官ですら意見が分かれた、というのも渋いですね。だって、べろべろに酔っ払って、3人の子供が死んでても、適用すべきではないという意見の裁判官がいる。でも、それが法なのです。これは決して、悪い意味では言ってません。法の白黒は、それぐらい難しいものだと思います。

補足意見を引用しますね。

 

「刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」を「アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいう」と解すべきことは多数意見のとおりであり,精神的,身体的能力がアルコールによって影響を受け,道路の状況,交通の状況に応じ,障害を発見する注意能力,これを危険と認識し,回避方法を判断する能力,その判断に従って回避操作をする運転操作能力等が低下し,危険に的確に対処できない状態にあることをいうと解される。


ところで,アルコールの影響に個人差が大きいことは周知のとおりである。アルコールの体内への吸収速度に差があれば,そのアルコールの精神的,身体的能力への影響やその発現態様も個人によって多様である。したがって,「正常な運転が困難な状態」は,飽くまで当該個人について,そのアルコールの心身への影響の程度,これによる前記の注意能力,判断能力等の低下の程度などを評価,判断しなければならない。この場合,多数意見のとおり,事故の態様のほか,事故前の飲酒状況及び酩酊状態,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果等を総合考慮すべきであることは特に異論がないものと思われ,多数意見と反対意見の相違は,上記の各事情の評価の相違によるものと思われる」

 

これの「アルコール」をですね、「睡眠導入剤」に変えれば、いかに危険運転致傷罪が難しく、今回の無罪がどうしてこうなったのかも、見えてきませんか?

 引き続き引用

 

「本件道路は,ほぼ直線の海上の一本道路であり,交差点もなく,当時は夜間で交通量も閑散であった。

このような本件道路で,被告人は,本件事故時,暗いとはいえ,衝突の約9秒前には発見できたはずの被害車両を約8秒間発見せず,追突の約1秒前に気付いて急ブレーキを掛け,右転把するも,ほとんど制動などの効果もないまま衝突に至っている。


この約8秒間が脇見運転によるものかどうかについて第1審と原審で判断が分かれているが私としては,被告人がとにかく約1秒前まで被害車両を発見,認識していなかったことにこそ(この点は,ブレーキ痕などから客観的に認定できる。また,被告人には,事故態様,事故原因について明確な認識はない。),本件事故当時の被告人の尋常ではない心身の状態がうかがわれると考える。

 

また,第1審判決の認定によれば,本件道路は被告人の自宅から勤務先に向かう道路であり,被告人は毎日本件自動車で通行しているものである。

 

毎日通勤する道路で,気をひかれる光景もなかったにもかかわらず,ほとんど衝突の寸前まで被害車両を発見,認識できなかったのである。これは単なる「よそ見」や「考え事」では説明がつかないのであって,著しいというべき程度の注意能力の弛緩,判断能力の鈍麻を認めないわけにはいかない。


また,被告人は,事故直後,同乗者から何が起きたのか尋ねられて分からない旨答えたり,そのすぐ後に友人に電話で「事故を起こしちゃったん。事故した相手がおらん」と言うなど,事故直後は,衝突時の状況やその後の被害車両の状況すら把握できていなかったのであって,このことも,上記の認定を裏付けるものといえる。


そして,被告人の当日の飲酒状況やこれによる酩酊状態をみると,被告人は,午後6時頃から午後7時頃までの間,自宅で夕食をとりながら350mℓ の缶ビール1本と焼酎ロック3杯を飲み,午後7時45分頃から午後9時20分頃まで,居酒屋で焼酎ロック五,六杯を飲み,午後9時35分頃からスナックでブランデーの薄い水割り数杯を飲んでおり,長時間にわたり多量の飲酒をしている。被告人は,居酒屋を退店する際,腰掛けて靴を履いているときにバランスを崩すように肩を揺らしたり,店員に対して「酔うとります」と言ったりもしている。

スナックでも,従業員の女性に対して「今日は酔っぱらっとるけん」などと言ったり,同店の丸椅子に座ろうとした際,バランスを崩して後ろに倒れそうになったり,同女が飲んでいる水割りのグラスの底を持ち上げて無理に飲ませようとして水割りを同女のスカートにこぼしたり,左肘を左太股の上に置いて前屈みの姿勢になったり,伸びをした
後大きくため息をついたりするなど,高い酩酊状態の様相を示している。

このような状況からみて,前記の著しい注意能力の弛緩等の原因は,多数意見のとおり,アルコールによる影響以外には考え難い。」

 

具体的事実が出てくると、事件を想像しやすくなって、こう、面白いって思ってしまうぜ・・・。引き続き引用。

 

「事故前の状況について,被告人は,スナックから本件道路まで約8分間,距離にして約6㎞,中には幅員約2.7mの狭い道路を,接触事故などを起こすことなく通り抜けてきている。


しかし,この点については,被告人が当夜運転した前記道路は,被告人の自宅付近の道路であることを考慮すべきであろう。すなわち,実況見分調書等によれば,スナックから本件道路に至るほぼ中間に被告人の自宅があるから,自宅から本件道路までは毎日通勤のため通行している道路であり,最も幅員が狭い部分もこれに含まれる。

スナックから自宅までは,通勤経路ではないが,本件当日も自宅付近の駐車場から車で向かった道路であって,その道路状況は被告人の熟知しているところであろう。このような道路を,狭いが故に緊張感を持って運転して事故を起こさなかったことは,理解できないわけではなく,「正常な運転が困難な状態」かどうかの判断に当たり,過大に評価することは相当でないと考える。」

 

うーん、面白いぜ、話が具体的だ。

なんだろう、こういうのを、面白いと思ってしまう気持ちがある。

法の殴り合いは、凄く繊細だな、と思う。「そこが通勤経路だった」とかが判決に影響する繊細さな訳で、ネットですぐ、無罪有罪とか話しても、裁判でどうなるかなんて、なかなか分からないよね、と思ってしまう。些細な事実が、判決に影響するかもしれないから。

もうこうなったら、全文引用します。法の戦い、って感じがして、面白いからです!

 

「 事故後の状態や飲酒検知結果に関しては,本件事故後,被告人車両は大破し,約300m進んだところで走行不能になり停止したが,被告人は,本件事故を警察署に報告することなく,携帯電話で友人に電話をかけ,飲酒運転の発覚を免れるため,まず被告人の身代わりになってもらうことを依頼し,断られるや,水を持ってくるよう頼み,友人が2ℓ のペットボトル入りの水を持ってくると,そのうち1ℓ 弱を飲んだこと,友人の勧めで本件事故現場に戻ったが,飲酒検知に応じた時点では本件事故後約50分を経過していたことが認められる。


飲酒検知の結果は,呼気1ℓ 中の0.25の目盛りと0.3の目盛りの中間付近のやや0.3寄りのところまで青白く変色していたとのことである。飲酒検知の結果は,体内のアルコール保有度を示す重要な数値ではあるが,事故時点に接着し,人為的な操作のない状況下で行われてこそ,正確で信頼度が高いといえるのであって,本件における飲酒検知の結果は,事故後約50分が経過していることや,少量とはいえない水を飲んだ上でのものであることが考慮されなければならない。

そして,事故後の時間の経過や水を飲んだ場合の飲酒検知の結果の影響は僅少であるとの実験結果が提出されている一方で,本件当日の被告人の飲酒量からすれば,血液1mℓ 中に1.0㎎に近いアルコールを保有するに至るとする実験結果も提出されているが,いずれも摂取状況や個体差を考慮せざるを得ないことからすると,これらの実験結果から本件事故時の被告人の体内のアルコール保有度を確定することはできないといわざるを得ない。

多数意見並びに第1審判決及び原判決のように,血液1mℓ 中0.5㎎を上回る程度と認定するほかないが,どの程度上回るのかを数値的に確定することは困難であって,被告人の酔いの程度は「相当な程度」と表現せざるを得ないところである。」

 

みんな、血中アルコール濃度だの、呼気の濃度だので、簡単に「酔い」を認定できると思ってるんじゃないでしょうか。それが「定量的」で「科学的」だから。でも書いてますよね。

「本件事故時の被告人の体内のアルコール保有度を確定することはできないといわざるを得ない」

ほんと世の中は灰色だぜ・・・!科学に頼るな・・・!複数事実の総合勘案を生き抜くんだ・・・! 考え抜くのは、大事な事なんです。「定量的」みたいなのを思考停止にするの、よくない。

 

 そんでは続き、

 


「 事故後の被告人の言動,すなわち友人に身代わりを依頼したこと,水を持ってくるよう頼んだこと,また同乗者に累が及ばぬようにその場から立ち去らせたことをもって相応の判断能力があるとし,「正常な運転が困難な状態」になかったことの証左とする見方については,逆に,正常な判断能力があれば,被告人車両は大破しているのであるから,まずは事故の状況を確認するはずであるのに,被告人はこれを全く確かめていないのであるから,相当ではないと考える。

事故状況を確認せず,飲酒運転の発覚を免れることだけを考え,運転の身代わりを頼んだり,水を大量に飲もうともくろんだことは,むしろ正常な判断能力が損なわれていたことを示すものといえよう(この点は,酒酔い運転による免許取消しをおそれての工作
とも考えられ,免許取消しの危惧,酒酔い運転の認識が被告人にあったことすらうかがわれるところである。)。


また,被告人は,飲酒検知後警察官から質問を受けた際,質問事項には答えており,完全に倒れ込むことはなかったものの,肩や頭が左右に揺れたり,腰が徐々に前にずれてきて座っている姿勢が崩れることもあったのであるから,事故後の被告人の言動は,被告人が「正常な運転が困難な状態」になかったことをうかがわせるものではないと考える。

4 以上のとおり,長時間にわたる多量の飲酒,かなり高い酩酊状態を示すスナック等における被告人の言動,その上で運転を開始してふだんにはない高速運転をした上,直前まで被害車両を発見できなかったことにより激しい衝突事故を惹起していることからは,アルコールの影響による被告人の注意能力の弛緩,判断能力の鈍麻が顕著にうかがわれるのであって,前記のとおり,事故の態様のほか,事故前の飲酒状況及び酩酊状態,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果などを総合考慮したとき,被告人は「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったと認めることに何ら不相当なところはないものと考える」

 

如何でしょうか?

読んでない人もいそうだけど、なんか事件が具体的に立ち上がってきて、興味をそそられるんだけどなあ。

しかもですね、ここから、裁判官田原睦夫の反対意見が始まるんです!

熱い展開・・・!

 

「私は,多数意見と異なり,以下に述べるとおり,本件記録上,本件事故当時被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に陥っていたものとは認められず,また,仮に本件事故当時被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったとしても,被告人がその事実を認識していたことを認めるに足りる証拠は存しないというべきであって,被告人を刑法208条の2第1項の危険運転致死傷罪に問擬することはできず,被告人に対しては,刑法211条1項の業務上過失致死傷罪の責任を問うことができるに止まるものというべきであり,原判決を破棄し,本件控訴を棄却するのが相当であると思料する」

 

これ読むと思うんだけど、やっぱり合わせ技で起訴できそうなんだけどな。なんで危険運転一本だったんだろ、最初の裁判。(ちゃんと傷害罪で有罪になってました)

反対意見は言います。「問題は,被告人が本件事故当時正常運転困難状態にあったことを,如何なる事実によって認定するかという点である」と。

彼は「刑法208条の2の規定が制定された際に学者が警鐘を鳴らしているように,死傷の結果と飲酒検知の結果のみから,正常運転困難状態にあったと認定することは許されない」とも言っていますね。

彼は項目を分けて、その考え方を示します。

 

「(1) 被告人の本件事故前の飲酒量及び言動等


被告人が,本件事故に至る運転を開始する迄に,焼酎ロックを合計8~9杯(焼酎の量にして,480ないし540mℓ )のほかビール,ブランディーの水割り等相当量の飲酒をし,また,一定の酩酊状態にあったことを示す言動が存したことは認められるものの,他方,携帯電話を使ってメールのやりとりを通常の状態で行っていたというのである。

そして,一審で取調べられたA教授の鑑定書の被験者のデータが示すように,飲酒による酔いの程度(血中アルコール濃度)は個人差が著しく,飲酒量のみからその酩酊度を直ちに推認することは出来ないのであり,また,被告人の言動も,一般に認められている酩酊度の分類からすれば精々で「微酔」に止まるものでしかない。
かかる諸事実は,被告人が本件事故時に正常運転困難状態にあったことを直ちに窺わせるものではない。

 

(2) 本件事故に至る迄の運転状況
被告人は,一審判決が認定するとおり,スナック「B」を出た後,海の中道大橋に至る雁の巣レクリューションセンター交差点(以下「本件交差点」という。)を左折する迄の約3.5㎞の間,車道が狭く(狭いところは車道幅員約2.7m)住宅街の中を微妙に湾曲し,道路脇には電柱が設置されている箇所もあり,街灯はあっても薄暗い通りを,幅員1.79mの被告人車を運転して接触事故を起こすことなく約5~6分間走行し

 

引用者注 法律関係は、カッコ書きの中を読むと混乱することが多いので、ちょっと飛ばしてもいいです。

 

(運転開始時刻が午後10時40分頃で本件事故の発生が
午後10時48分頃であり,本件交差点から本件事故現場迄約1.3㎞で,その間被告人車は時速50㎞から加速して100㎞で走行していたというのであるから,本件交差点から本件事故現場に至る迄に要した時間は約2分程度と推認され,それからすると,被告人車がスナック「B」前を出発した後,本件交差点に至る迄に要した時間は約5~6分間程度となる。また,その走行時間からすると,その間の被告人車の速度は時速約35~42㎞程度となる。)

 

引用者注 ここまで飛ばす方が読みやすい

 

また,その間,被告人車の同乗者Cが被告人の運転に危険を感じたことを窺わせる証拠も全く存しないのである。

大谷裁判官は,被告人が同道路を通り慣れていることをもって,上記の運転状況を過大に評価すべきでないとされるが,正常運転困難状態とは,そのような道路を通行する際においてすら,道路交通の状況等に応じた運転操作をすることができない状況にあって初めて認められるべきものであって,大谷裁判官の意見には同調できない。


次に,被告人車が本件交差点を左折して本件事故現場に至る迄の間の走行状況を見ても,急加速こそしているものの,蛇行運転をしたり,車道から左右にずれるような運転を行っていた形跡も認められないのである。
かかる事実からは,少なくとも本件事故に至る直前までの被告人の運転状況は,「正常運転困難状態」にあったとは到底認められないのである」

 

 

真っ向からの殴り合い感あって、非常に良いぜ、と思ってしまう。続きます。

 

 

「  (3) 被告人の本件事故後の言動
被告人は,本件事故後,事故現場から約300m先に被告人車を停車させてハザードランプをつけて降車し,同乗者のCに逃走を指示し,携帯電話で友人に身代わり犯人を依頼し,また,飲酒の事実を隠そうとして友人にペットボトル入りの水を持参するよう依頼している。

上記事実からは,本件事故直後において,被告人が罪証湮滅のために事態に対応した相当の行動をしていることが認められる。


(4) 飲酒検知時の被告人の呼気アルコール濃度(血中アルコール濃度)及び同時点における被告人の言動
被告人に対しては,午後11時36分頃,呼気の飲酒検知が行われているが,その結果は呼気1ℓ 中のアルコール濃度0.25㎎である(道路交通法施行令の定める換算値によれば血液1mℓ 中0.5㎎)。被告人が呼気検知の際に2度吹きをしていることから,検査データが若干低めに出ていることが窺われ,また,被告人は,飲酒検知に先立って約1ℓ の水を飲んでいるところ,前記A鑑定における実験結果によれば,飲水によって呼気1ℓ 中のアルコール濃度が10~20%程度低くなることが認められるにすぎないから,それらの影響を最大限被告人に不利益に見積もっても,被告人が水を飲まない状態で飲酒検知を受けたとした場合には,アルコール濃度は呼気1ℓ 中0.25㎎の20%高である0.3㎎程度となる(血中アルコール濃度に換算すると血液1mℓ 中0.6㎎程度)。
血中アルコール濃度1mℓ 中0.5㎎という値は,平成13年に道路交通法施行令が改正される迄の酒気帯び運転の基準値であり,一般に広く用いられている4段階の酩酊度を示す数値の中では,最も低い「微酔」(血中アルコール濃度0.5~1.5㎎/mℓ )あるいは「ほろ酔い初期」(血中アルコール濃度0.5~1.8㎎/mℓ )の中でも最も低い数値に近い値であり,上記被告人に不利益に見積もった0.6㎎という値は,それを若干上回る値にすぎない(なお,文献によれば,近年の欧米各国における飲酒運転とみなす基準は,血液1mℓ 中で,アメリカ0.8㎎,イギリス0.8㎎,フランス0.8㎎(0.5㎎~0.8㎎は違警罪),ドイツ0.5㎎等となっている。)。
また,本件における飲酒検知時の「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」によれば,被告人の見分状況は,言語・普通,歩行能力(約10mを歩行させる)・正常に歩行した,直立能力(約10秒間直立させる)・直立できた,酒臭・強い,顔色・青い,目の状態・充血,というのであり,また,同カードの被告人記載部分の文字は,アルコールの影響を窺わせるような乱れもなく読み易い字で記載されている。
以上によれば,本件における飲酒検知時点において,被告人は,酒臭,顔色,目の状態からして,身体に飲酒に伴うアルコールによる反応が生じていることは認められるものの,身体の運動機能に関しては異常は全く認められないのである。
(5) 小括
以上検討した諸点,殊に,本件事故直前迄の被告人の運転状況からは,道路交通の状況に応じた運転をしていたことが認められ,被告人の事故直前迄の運転状況が正常運転困難状態にあったことを窺わせる事実は全く認められないのである。

また,飲酒検知の際の見分状況をみても,被告人の運動機能に異常は認められないのであって,これらの諸事実からすれば,本件事故当時,被告人が正常運転困難状態にあったと推認することは出来ないものと言わざるを得ないのである。」

 

うおおお、こっちはさっき私が否定した、定量的判断を押してきた!

そう、定量的判断がやっぱり正しいのかもしれない。どっちが白か黒か分からない、それがこの世界なんだ・・・と思ってしまう!

反対意見は、真っ向から多数意見に挑んでいて、なんか読み応えを感じてしまう・・・みんなついてきてるか不安になってきた。

田原睦夫裁判官は言います。

「多数意見の上記認定には,以下のような問題点があり,到底与することはできない」

と。

「多数意見は,被告人は本件事故当時,「相当程度の酩酊状態にあった」と認定するが,「相当程度」とは具体的にどの程度の酩酊度を想定しているのかが明らかではない。」

「被告人は本件事故前の飲酒量にかかわらず,前記のとおり本件事故の直前まで,道路交通の状況等に応じた運転操作を行っており」

「また,事故後の飲酒検知の際の血中アルコール濃度は,その直前に水を相当量飲んでいることを考慮しても,1mℓ 中0.5㎎を若干超える程度」

「一般に酩酊度の基準として認められている4段階の酩酊度のうちの最も低い「微酔あ
るいは「ほろ酔い初期」のレベルを示しているにすぎず

「また,飲酒検知時の被告人の運動機能は正常に保たれている」

「多数意見は,それら客観的なデータが存することを認めながら,そのうえで,「相当程度酩酊していた」として,その後の前方不注視による本件事故がアルコールの影響により生じたものと認定するが,本罪が酒酔いの程度それ自体からして,自動車を運転することが客観的に危険な行為であると認められる状態であることに着目して処罰するものであることからすれば,客観的な検査データや外部から認識される運転者の運動能力(運動機能)を離れて,酩酊のもたらす危険性を示す指標として「相当程度の酩酊」という極めて曖昧な概念を用いることは,厳格に律せられるべき構成要件を極めて緩やかに解するものであると言わざるを得ず,刑法の解釈として容認できないものと言わざる
を得ない」

 

うおおお、これはこれで納得してしまう。どっちが正しいか全く分からないし、この厳格さを適用したら、睡眠導入剤の事件が無罪になってしまう背景も見えてきてしまいませんか?

 

「(2) 酩酊と前方不注視について
被告人は,同道路がほぼ直線であって,また深夜であったことからすれば,制限速度5
0㎞であるにもかかわらず時速100㎞の速度で走行したことは,若干加速し過ぎとは言えても極めて異常な速度とまでは言えない速度である」


「また,約8秒間前方を不注視した結果,本件事故に至っているが,その間,脇見運転を継続していたとすれば,8秒間というのは若干長きにすぎると言えるが有り得ない時間ではない」

「また,その間,前方を見ることがあっても被害車輌を見落とした可能性があるとの点は,日常多数発生している追突事故の殆どが脇見運転又は「考え事をしていた」等の前方不注視によるものであることは顕著な事実であるが,そのうち,「考え事をしていた」というのは,前方を見ているにもかかわらず,直前を走行する自動車の動静に十分に意を払っていなかったことを示すものであり,全く酒気を帯びていない場合においても、日常的に生起して追突事故の原因となっているのである。」

「それ故,仮に被告人が上記8秒の間に前方を見たことがあったにもかかわらず被害車輌に気付かなかったとしても,これからナンパをしに行くという昂揚した気分の下で(即ち,「考え事をしていた」という追突事故と同様の状態),つい前方を走行している自動車の動静を見落とすこともあり得るところであって,約8秒間,被害車輌に気付かなかったとの事実から,多数意見が述べるように,それは酩酊の影響により気付かなかったものであるということが,経験則上当然に推認されるとは到底言い得ないのであり,かかる事実関係から被告人が本件事故時に正常運転困難状態にあったとの事実を認定することはできないのである。」


「3 まとめ
以上検討したとおり,被告人の本件事故現場に至る迄の運転状況は,道路交通の状況等に応じて運転していたものというべきであって,正常運転困難状態にあったとは認められないこと,また,事故後の被告人の言動,アルコール検知の結果からしても,本件事故時に被告人が正常運転困難状態にあったことを推認できるに足る事実は,本件証拠上認められないのである。
それにもかかわらず,約8秒間の前方不注視(脇見または前方の動静に気付かなかった)との一事をもって,それがアルコールの影響によると認定するのは,その認定自体,経験則違反であり,殊に犯罪事実の構成要件該当性という極めて厳格に認定されるべき場面における経験則の適用として首肯し難いばかりでなく,かかる運転状況をもって,正常運転困難状態にあったと認定することは,正常運転困難状態とは,「事故を起こしたときにフラフラの状況であって,とてもこれは正常な運転のできる状態ではないという場合に限定していかないと,酒酔い運転プラス事故イコール本罪ということになると,本来意図していたところよりも広い範囲を捕捉することになって危険である」と刑法208条の2の立法時に学者が警鐘を鳴らしていたのと正に同様の状態を招来するものであり,同条の適用範囲を立法時に想定されていた範囲よりも拡張して適用するものであって,同条の解釈としても適切ではないというべきである。」

 

うーん、殆ど引用してしまったけど、危険運転致傷罪の構成と、今回の判決がどうして無罪か、大体分かったのではないでしょうか。

 

唯一残った疑問は、最初から複数の罪で起訴できなかったのか、というところなので、弁護士ブログにコメントできたらなあ、と思いつつ、では。(そう、ちゃんと傷害罪で有罪になってました、検察に落ち度なしですね)